新たな教育史像の構築を目指して
辻本 雅史
はからずも代表理事を務めることになりました。これまでの代表に比し、「才」も「徳」も及びませんが、会員各位のご助力のもと、私なりに力を尽くす所存です。
1956年に104人ではじまった教育史学会も、今や900人に迫る会員数を擁して第54回大会年度を迎えています。これまで本学会は、専門学会として確かな地歩を築いてきたと言えましょう。多くはなくとも、会員数は今も着実に増えています。目に見える成果を性急に求める近年の風潮のなか、会員数の増加は、基礎学としての教育史研究への期待が決して減じていない証と理解したいと考えます。しかし他方で、教育史に関わる研究ポストは確実に減じています。それだけに、教育史研究の存在意義を、確信を持って主張できる対外発信と、相互に錬磨し刺激し合う濃密な研究交流を本学会の使命と自覚して、進んでいきたいものです。
教育史は、教育の問題群に、歴史学の方法によって向き合う学問です。まずは的確に問題構成する鋭敏な意識が問われます。そして、その解明のための確かな歴史研究の方法的修練が欠かせません。こうした日ごろの研究の成果や問題を、相互に出し合い刺戟し合って研鑽を積む場、それが学会です。教育史研究を結節点として、研究者たちが一堂に会し、熱い議論と交流をすることが、日ごろの研究を活性化します。
近代の教育は学校教育を真ん中に据えてきました。確かに学校という制度は、近代化に欠かせない政策の柱でした。近代教育が一国単位で取り組まれ、教育史が一国教育史で語られがちなのは、そのためであったでしょう。しかしメディアは世界を変え(いま「メディア革命」進行中だと私は認識しています)、人とモノと情報は、国家の枠を軽々と越えてグローバルに激しく流動しています。それにともない、教育は確実に変質し、学校教育は岐路に立たされていると見えます。次世代の育成と「知の伝達」を使命とする教育をとらえる視点が、いま試されているのだと思わざるを得ません。
本学会も国際化に向けて、確実に歩を進めてきました。国際シンポジウムも多くなりました。しかし外国人研究者を招くことだけが国際化ではありません。いまわれわれが正対すべき人類的課題に関する、一国教育史の枠を越えた議論と、新たな教育史像の構築が求められていると考えます。国際シンポジウムはそのための一つの手段といえます。
1956年の本学会創立時の「設立趣意書」には、「日本教育史、東洋教育史、西洋教育史などという便宜的な専門領域にとじこもる」ことなく「総合教育史という巨大な塔の建築」を目指すと宣言されていました。区切られた地域を越えた、大きな教育史研究がめざされていたのです。今の世界は、当時の予測を遙かに超えているでしょうが、「巨大な塔」の建築を目指す高い志は見失うことなく、引き継ぎたいものです。
教育は未来を創るいとなみです。その意味で教育史研究は、未来に責任を負う学問にほかなりません。先人の志をかみしめて、未来を引き受けるだけの教育史研究を協働して目指す学会でありたい、そう切に願っています。(2010年10月)