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はしがき

教育史学会50周年記念出版 はしがき

教育史学会は1956年5月3日に東京学芸大学において開催された大会をもって創立され,2006年に創設50周年を迎えるにいたった。本書は,学会創設50周年を記念して企画し,発行するものである。
企画に当たり,われわれは以下の点に留意した。
1.記念出版であることに鑑み,学会内外に向けて,教育史研究の存在意義を主張するものであること。
2.教育史研究の今後を見据え,これから研究をめざす学生も含めた若い研究者に,インパクトあるメッセージを発するものであること。
3.そのためには,教育史研究の「入門書」としての性格をもたせること。
その上で,「教育史研究の入門書」をいかに構想するか,この点での議論がさまざまあるなか,とりあえず,「教育史研究の現段階をふまえることによって,今後の研究を展望する」という方向をめざした。

教育史学会創立以後のこの50年,教育史研究のまとまった大きな企画として,『世界教育史大系』全40巻,『講座 日本教育史』全5巻の二つを意識せざるを得ない。『世界教育史大系』は,企画から10数年,1974?78年に出版された,当時の教育史研究の集大成であった。国別教育史(「地域別」の場合も実質的にはおおむね国別教育史)20巻,主題別教育史19巻,事典1巻の,全40巻で構成されている。後者の主題別教育史で採られた「主題」は,幼児教育から初等,中等,大学の各学校段階の教育史,義務教育史,教員史,体育史,技術教育史,障害児教育史,女子教育史,農民教育史,社会教育史,道徳教育史である。要するにいずれも教育学に固有の主題であった。
1984年に出版された『講座 日本教育史』は,第1巻(原始・古代/中世),第2巻(近世Ⅰ/近世Ⅱ・近代Ⅰ),第3巻(近代Ⅱ/近代Ⅲ),第4巻(現代Ⅰ/現代Ⅱ),第5巻(研究動向と問題点/方法と課題)で構成されている。時代順に,総説と各論が配置されているが,学校教育の展開と教育の制度や思想などが,全体を支える基調となっている。
教育学という学問は,確かに近代学校教員養成の学としての使命を担って成立したこと,教育史学がその教育学の一領域を構成していること,これはまぎれもない。開放性教員養成制度の戦後も,教育学を規定するその要因に変化はなかった。むしろ強まってきた。その意味で,上の両企画が,学校教育と教育学に固有の課題をおいていたことも,異とするには当たらない。また近代の学校教育が,事実として国家近代化政策の中心的位置にあったかぎり,国家単位に教育の歴史が描かれるのも,ある意味で必然であった。
両企画から,いまや20~30年経った。われわれの教育史研究は,今もこのシェーマの中で描けるのであろうか。もちろん,否と言わざるを得ない。まず,教育内部の問題から見れば,学校教育の意味の変容があり,生涯教育や学校以外の教育を含めた,教育を見る視野の拡大が必要となっていよう。そこでの課題は,かつての教育史の図式で,説明できる性格のものではなくなった。また,歴史学の方法論と主題の大きな変化がある。かつての文献(文字史料・資料)中心の実証主義や発展段階説に立つマルクス主義に代わって,社会史的方法とそれにもとづく新たな主題が大きな潮流を構成してきた。そこでは,「教育」も主要な主題をなし,教育学に規定されない教育史研究の成果が,陸続と現れている。さらに,グローバル化の進展は,人の移動を不可避とし,その視点から歴史をとらえてみると,一国に完結した歴史(教育史)像が無効化されつつある。その他の人文・社会諸科学からも,グローバル化時代の諸課題を反映したさまざまな研究主題が多様に出現している。たとえば宗教,民族,文化葛藤,ジェンダー,人権,公共性,メディア,身体,等々が想定できるが,これらはいずれも現代の教育的諸問題と微妙に交錯している。これらとの交錯を視野に入れなければ,今,およびこれからの教育について有効な議論は難しくなっている。逆に,教育史研究が,これまでのように狭義の教育学固有の領域に自らの視野を閉じる限り,教育史研究の存在それ自体,危うくなるだろう。教育的問題群を歴史の方法でとらえる教育史研究が,その成果を他の諸科学と相互に交流できる学問であることが,これからは何よりも求められている,と言わねばならない。
以上のような現状認識にたち,本書は,以下の方針のもとで編集した。すなわち,1,単純な時代別編成にしない。また日本・東洋・西洋の地域別体裁は極力避ける。2,教育史の問題史を項目として立て,現状や先端的研究の動向をふまえて,研究の課題や可能性を浮き彫りにする。こうした方針が,結果として,若い研究者世代に向けたインパクトあるメッセージとなり,さらに良質な「研究入門」となると考えたからである。  主題数は,字数の制約と教育史研究の現状のなかで,14とし,それを各章に配列した。それで十分でないのは自明であり,さらに各章の字数配分があまりに不足していることも自覚している。執筆者には,当該主題がいかに研究の可能性に満ちているか,あるいはいかに新たな研究の地平を展望できるか,その点に留意した記述をお願いした。その結果,ふまえるべき先行研究や言及すべき論点の多くが,割愛のやむなきにいたったことも間違いない。しかし,教育史研究がいかに教育研究に有効であり,いかに新たな可能性に満ちた研究方法であるか,この点に関するメッセージを発することの方が,良質な「入門書」をめざす本企画の意図にかなっている,とわれわれは考えたのである。あえてこうした編集方針を維持した所以である。諒とせられよ。

2007年2月

教育史学会50周年記念出版編集委員会

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